稲田美紀の生い立ちとは?芸人になるまでの原点と歩みを整理

稲田美紀 生い立ち
よしもと漫才劇場チャンネル

お笑いコンビ「紅しょうが」のツッコミ担当として知られる稲田美紀
独特の視点と安定したコメント力で注目を集める一方、
「どんな生い立ちなの?」「昔から芸人志望だったの?」と気になる人も多いようです。

この記事では、稲田美紀の生い立ちから芸人になるまでの流れを、
本人の発言やインタビューをもとに整理していきます。


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目次

稲田美紀の生い立ち|基本プロフィールの整理

サンスポ

まず、稲田美紀は大阪出身
関西という土地柄もあり、幼少期から日常の中に「笑い」がある環境で育ったことがうかがえます。

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~小学生時代

小学校の卒アル

父親が塾経営、母親が教員の稲田家では、

「クレヨンしんちゃん」とかはほとんど見たことがなかったし、夕飯のときはNHKの「クローズアップ現代」を見ていた

引用:CHANT WEB

堅い?ご家庭で育ちました。
ただ、本人は、厳しいとは思っておらず、当たり前、だと思っていたそうです。

そのため、クリスマスプレゼントは、ゲームなどではなく、「学び」のある絵本などが多く、当時の稲田さんは、「めっちゃ嫌やった(笑)」と、インタビューで話しています。

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中学生時代

中学3年生の頃、ブラマヨの深夜ラジオをきっかけに、ブラマヨにドはまりしていました。
ブラマヨグッズを集めたり、ラジオのチャリティーオークションで、吉田グッズを「6万円!」で落札したり、「結婚したいくらい吉田さんが好きでした」という、中学生時代だったそうです。

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高校生時代

ハンドボール部のマネージャーだった高校生時代の2年生の時、彼氏とのキスが楽しくて、帰りが23時ころになってしまい、父親にひどく怒られた、というエピソードは有名です。

部活が終わってから、お母さんと、梅田花月へお笑いも良く見に行ってたようです。

また、当時、ギャル文字恋愛ブログを綴っていました。
2025年9月3日の『かまいガチ』の番組の中で、そのブログを曲にのせ、なんとAKB48が歌うという企画が!


この企画に、稲田さんは、大パニック!(笑)

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大学生時代

関西外語大学に通っていた稲田さんは、当時、学友会に所属していました。

当時の学園祭の時のエピソードが、TV番組内で次のように語られています。

「後夜祭とかも結構あって、付き合ってる人らはみんなの中でお姫様だっことかしてるんすよ。付き合ってない人たちはその周りで円になってダンスするんですよ」
「で、(周りの円は)女子の列、男子の列で全員が手触れ合うようになってる」

引用:livedoor News

ちょっと、不思議な光景ですね・・・。

稲田美紀が芸人を目指すようになったきっかけ

中学生時代から、ラジオや、また、生のお笑いに触れていた稲田さん。

高校3年生の時には、お笑いを劇場に見に行ったりすることからは、生のお笑いからは、少し離れたものの、
改めて考えると、

やっぱり、お笑いやりたいな。夢、芸人以外考えたことないかも。

と、思ったそうです。(紅しょうがのバンザイちゃんねるより)

そのため、大学生の時は、就活をせずに、そのままNSCに入って、芸人を目指しました。

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まとめ|稲田美紀の生い立ちは“今の芸風の土台”

MARZEL

稲田美紀の生い立ちを整理すると、

  • 大阪で育ち、日常の中に笑いがある環境だった
  • 学生時代は観察力や言語化力を磨いていた
  • 芸人を「自然な選択肢」として選んだ
  • その積み重ねが、現在の安定した芸風につながっている

という流れが見えてきます。

派手なエピソードよりも、
日々の積み重ねが今のキャラクターを形作っている
それが、稲田美紀という人物の生い立ちの特徴なのかもしれません。

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